- 化学するシリーズ -


化学屋のお料理教室シリーズ






   著者は永年にわたり有機化学、特に有機合成化学の研究をしてきました。種々の薬品を溶媒と共に混ぜて掻き回し、バーナーやヒーターで熱して反応を起こさせてきました。さらに、抽出、ろ過、クロマトグラフィー、蒸留、濃縮などの手法で、反応した混合物から反応生成物を純粋に取り出し、その性質を調べてきました。このような一連の操作は高い精度と再現性を要求されましたが、同時に、頃合を見計らう勘、微妙な変化を見逃さない観察力、臨機の迅速な対応、細かな操作を可能にする器用さなども必要としました。その後、心ならずも男子が厨房に入ってしまうことになりましたが、化学反応の円滑な進行のために少量の触媒を加えるように、塩を少々加えるだけで料理の味が格段に際立つことも知りました。段取りの取り方、料理の手順、調味料の入れ方、食器の洗い方など化学実験と極めて似ていますし、調理の仕方や食べ物の取り扱い方が食材の化学的な性質や変化に深く関わっていることに気付きました。
   口の中の味覚を感じる部分に食塩が接触すれば塩っぱく感じ、ブドウ糖などの糖類やアミノ酸の分子が接触すればそれぞれ甘味や旨味を感じます。しかし、口の中で感じた味覚の情報は脳に伝達され、そこで視覚や嗅覚の情報のほか胃腸から伝えられる空腹感などの種々の情報とともに総合的に判断して、食欲を増進したり不快感を与えます。化学の技術で食塩やブドウ糖やアミノ酸の量を正確に調べることはできますが、身体の他の器官から届く多くの情報を総合的に判断できるほどには未だ化学の技術水準は達しておりません。化学の技術や知識では食べ物の味加減を調えることはできますが、食事の季節や時間や雰囲気ばかりでなく食べる人の好みや習慣やそのときの体調などまでは考え合わせることができませんから、料理を美味しくする万能の調味料を作り出すことはできません。人間とけだものとを分けるものは文化であり、中でも食べ物を食べやすくまた美味しくするための料理は最も根源的な文化と思われます。料理が人間を滅ぼす文化ではなく、健康で幸せな生活を築き上げる文化になるように化学的知識も取り入れて進歩しなければならないでしょう。
   人類発生以来の根源的な料理の技法や知識は限りなく奥深い物で、200年の歴史しか持たない未熟な化学の技術や食材の化学的な知識を基に、実験室を台所に移して料理の技法や知識を見直すことに挑戦しようと思います。私の独善的な解釈やまわりくどい屁理屈も多少含まれていますが、気楽な読み本としてそのような点は躊躇することなく読み飛ばしてもらえば良いと思っております。暇つぶしの読み本に高額を支払うことは好まれないと考えましたので、近年発達した電子情報技術を利用して、この「化学屋のお料理教室シリーズ」を利用し易いpdfの形式で、インターネット上に掲載し自由にダウンロードできるように致しました。本シリーズが少しでも台所でお料理をされている方々のお役に立てれば幸せに思っております。

(1)   料理とは食べ物を食べ易く消化し易い形に変形し、味を調えて食欲を促すものであり、食べ物を腐敗や劣化から守りつつ貯蔵して、生命活動の維持に必要な栄養の安定した摂取を可能にするための作業で根源的な文化と思われます。この人類発祥以来培ってきた料理の技法や知識を、200年の歴史しか持たない未熟な化学の技術や知識で見直すこと自体僭越ながら挑戦しようと思い,「化学屋が講師のお料理教室 1」 を纏めました。

(2)   料理は人類が始めて火を使いこなす文明を利用した技術であり、永年の間に培った根源的な文化であると思われますが、近年温度を制御する技術が台所にまで普及してきました。そこで、先に公開した「化学屋が講師のお料理教室 1」の続編として、 著者が化学者なりに考えた火加減の工夫を「化学屋が講師のお料理教室 2」 に纏めました。


   少しでも興味を持たれた方は、是非、 本文も眼を通していただきたく思います。さらに、 本シリーズに対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。
   
(2018.9.27)


鹿島長次
- 化学するシリーズ -