鹿島長次
昔から雷はいかつい霊と考えられいかずち(いかづち)と呼ばれており、火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)と大雷大神(おおいかづちのおおかみ)と別雷大神(わけいかづちのおおかみ)を祀った雷電神社が群馬県板倉町にありますが、群馬県の桐生市や太田市や伊勢崎市、埼玉県の鴻巣市や幸手市や熊谷市、茨城県古河市、栃木県宇都宮市、千葉県松戸市など頻繁に雷雲の発生する関東平野の中央部に広く雷電神社が点在しています。また、江戸時代の文化を代表する俵屋宗達の風神雷神図屏風絵に描かれている雷はデンデン太鼓で雷鳴を轟かせる鬼の姿をしています。このように人の命を奪い、大木をなぎ倒し、火災を引き起こすなどの被害をもたらす自然現象として、雷は鬼のように恐れられていました。
18世紀になると、ドイツ人のKleistやオランダ人のMusschenbrokenやアメリカ人のFranklinなどによりライデン瓶や避雷針が開発されて、恐ろしい雷が電気の現象であると明らかにされ、神の怒りではなくなりました。19世紀になると、イタリヤ人のVoltaやフランス人のAmpereやイギリス人のFaradayなど多くの人により電導性や放電や電池や電信などの電気に関係した研究が進められてゆきましたが、日常生活に役立つような技術にまでは発展していませんでした。20世紀になるとEdisonをはじめとする多くの研究者により、種々の電化製品が開発されて、日常生活を便利で快適なものにしてきました。1950年代後半の日本人の生活に欠くことのできない耐久消費財の三種の神器は冷蔵庫と洗濯機とテレビと考えられていました。1960年代半には三種の神器はカラーテレビとエヤコンと自動車になり、2000年代になると三種の神器はデジタルカメラとDVDレコーダーと薄型テレビにさらに変わってきました。それぞれの時代に日本人が最も欲しいと思う三種の神器が自動車を除けばすべて電化製品であることからも、いかに現代の日常生活が電気の力に依存しているか分かります。19世紀に明らかになってきた電気に関する現象は、Edisonなどにより20世紀にその利用法が飛躍的に発展して、現在では日常生活に欠かすことの出来ない産物や技術をもたらしています。
他方、18世紀までヨーロッパで伝え継がれてきたAlchemy(錬金術)は種々の物質を混ぜたり溶かしたり煮たり焼いたりして変化させることにより貴金属や不老長寿のクスリを合成するなどの金儲けの手段でした。19世紀になるとAlchemyの本質と思われる物質の変化に興味を持つ人が出てきて、次第に金儲けの手段から学問に進化してゆき、接頭語のAlが消えてなくなりChemistry(化学)になりました。19世紀半からは化学肥料や殺虫剤などの農薬の開発改良が農産物の安定した高い収穫を可能にしました。絹糸の価格の高騰に端を発した化学繊維の合成はナイロンやポリエステルやビニロンなどの天然繊維に優る性質を持つ優れた繊維を生み出しました。藍染めや茜染めに限られていた染色も種々の化学染料の開発により華やかなファッションに繋がりました。アスピリンやペニシリンなどの病を癒す多くの医薬品や環境衛生を改善する殺菌剤や石鹸が人間の平均寿命を格段に延長しました。物質が原子や分子で構成されていると考える化学的概念の基礎的な知識がこのように19世紀の間に蓄積され、20世紀になると種々の化学的な産物や技術が開発されて、日常生活を便利で快適なものにしました。
このように電気が日常生活に関与するようになった過程と、化学の日常生活への関与の過程は時代的に良く似ていました。その上、電気は物質の中を電子の流れる現象であり、化学は物質の中の電子が示す性質に関する知識や技術ですから、両者はともに電子の挙動を基本にしています。そのため、両者の関与の過程はしばしば互いに交錯しともに影響し合いました。現在も将来も化学と電気に関する知識や技術は互いに相補い相互に影響しあいながら進歩を続けて行くと思われますから、電化という言葉に対する「熱・光・動力などを、電力を利用することでまかなうようにすること、または、生活に各種の電気器具を取り入れること、または、鉄道車両を電力によって動かすようにすること」という意味のほかに、著者はこの電気と化学の間の深い関係を電化の意味に加えてはどうかと思います。
本書では日常生活の中に快適と便利をもたらしている電化製品を物質の中の原子や分子の並び方に関する化学の知識を織り交ぜながら独善的に調べて、電化の関係をどのようなものか見てゆこうと思います。さらに、身近な事柄として電化製品の働きを生み出すからくりの合理性を化学的に考えてみたいと思っております。日常生活の中で用いられている電化製品の中に隠れた技術や知識のうちで、何か一つでも化学の研究や教育に役立つものが見つけ出せれば良いと思っております。また、逆に多くの化学的な技術や知識が日常生活を快適にする新たな電化製品を生み出す助けになれば、本書はさらなる意義を持つことになると思われます。本書が電化を推し進める上で貢献できればよいと思っています。
私の独善的な発想を織り交ぜて考察した結果は
「電化生活を化学する」
としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。さらに、この
「電化生活を化学する」
に対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。なお、本書の液晶に関して千葉大学工学部・岸川圭希先生にいろいろとご教授いただきましたので、心からの感謝の気持ちをここに述べさせていただきます。
目次
- 1. まえがき
- · 日本人が最も欲しがる三種の神器はすべて電化製品
- · 電化は電気と化学の関係を表す言葉?
- 2. 物質中の電子の居場所
- · 電荷を持つ微粒子からなる原子には電荷なし
- · 電荷を持っているイオン
- · クーロン力によるイオン結合
- · 身の回りは電荷を持たない分子ばかり
- · 金塊は1個の分子?
- · 結合が開裂するとイオンになり易い
- 3. 原子や分子の集まり方で決まる物質の性質
- · 物質の性質に影響を与える分子の形
- · 電気冷蔵庫はフロンの状態変化で
- · 融点により決まる金属の使い途
- 4. 電気と磁石の絡み合い
- · 電荷を持つ粒子が移動すれば電流が流れる
- · 左手で分かる原子量や分子量
- · 電子が動き回って原子が磁石になる
- · 原子核の小さな磁石で身体の中を診断
- · 右手で発生する電流
- 5. 温度で変わる電気の通り易さ
- · 金属中を電子が移動して電流が流れる
- · 電気を通す有機化合物
- · 金属中の電子の動き難さで測る体温
- · 火のないところに煙を立てる電気
- · 電気が永久に流れ続ける超電導
- 6. 世の中を変えたコンピューター
- · 地殻の中に多量に含まれる半導体の素材
- · 整流や発光や太陽光発電をするダイオード
- · トランジスターは不純物を巧みに混ぜ込んだ半導体
- · 電流の断続で考えるコンピューター
- 7. 電場の中で興奮する分子
- · 高い絶縁性を示す分子の塊
- · 共有結合はイオン結合性を兼ね備えている
- · 分子内の電荷の偏りで加熱する電子レンジ
- · 液晶中に整列した分子が映す画像
- · 電気エネルギーを溜め込む分子の分極
- · 電場の中で光る気体の原子や分子
- 8. 電流が関わる酸化・還元反応
- · 塩のお陰で水の中でも電流が流れる
- · 酸化・還元反応は電子の遣り取り
- · 電子の遣り取りを利用した電池
- · 電気分解は発電所の力で進行する化学反応
- 9. 切っても切れない電化の関係