鹿島長次
砂糖と食塩で味を付ければ両者の味が合わさって甘辛く、お酢と砂糖を合わせた二杯酢は甘酢っぱい味がします。全く味のない水に砂糖を加えた砂糖水は甘く感じられますし、砂糖を減らせば減らすほど甘さが弱くなります。さらに水に加える砂糖を減らしてゆき砂糖の濃度を0.61%(重量%)以下にしますと、平均的な人間にはもはや甘味が感じられなくなりますから、砂糖が含まれないことと同じ意味を持ちます。このように混ぜ合わせますと両者のそれぞれの性質を足し合わせた性質を示しますが、感知できない物の存在は無を意味し、純はあらゆる不純物の存在が無の状態を意味します。
中国と西欧では数字に対してかなり異なる考え方を持っているようで、西欧では1よりも小さな正の数は分母をそれぞれ100や106や109や1012とする分数の分子の値で表しますから、哲学的な意味を持たない無限の無名数です。これに対して中国では0.1倍ごとに単位が用意され、個々に哲学的な意味を持った文字を当て嵌めていますから、無限に小さな数を表すことはできません。10-24は煩悩のない悟りの世界がなにもなく静かで安らぎの世界を意味する仏教の言葉の涅槃寂静という単位で表しており、これより小さな数は意味を持たないと考えられ単位が用意されていません。
現代の自然科学では1moleの物質に含まれる分子の数が6.02214129x1023/mole(Avogadro定数)と測定され、1個の分子はAvogadro定数の逆数に相当しますから1.66x10-24moleと算出されます。純物質1Lに1分子の不純物を含む溶液の濃度は1.66x10-24mole/Lと計算され、この濃度以下の溶液は1分子の不純物も含まない0 mole/Lの濃度ですから、不純物の濃度1.66x10-24(1.66涅槃寂静)mole/Lが絶対的な純と不純の境目と考えられます。不純物の絶対的な無と古代中国の数の概念が奇しくも一致しています。
本書では人間の生活の中で深く関わっている純と不純に関して化学の知識を織り交ぜながら独善的に見てきましたが、基本的な概念や物質の性質への影響などを少しでも深く知ることにより、何か一つでも化学の研究や教育に役立つものが見つけ出せれば良いと思っております。また、逆に純と不純に関する多くの化学的な技術や知識が快適な日常生活を生み出す助けになれば、本書はさらなる意義を持つことになると思われます。本書が純と不純に関する基礎知識を深める上で貢献できればよいと思っています。
私の独善的な発想を織り交ぜて考察した結果は
「純物質と不純物を化学する」
としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。さらに、この
「純物質と不純物を化学する」
に対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。
目次
- 1. まえがき
- · 森羅万象は全て混ざり物
- · Non-JapaとHon-Japa
- 2. 純と不純の境目
- · 感度以下の存在は無
- · 人工甘味料は砂糖の代用品
- · 不純物の量に比例する種々の性質
- · 糖度は甘さの目安に過ぎない指標
- · 宇宙を形作る全原子数は無量大数
- · 不純物の濃度が1涅槃寂静で絶対的な純粋
- 3. 神のみぞ知る純の限界
- · 純と不純を調べる分析法
- · 宝飾品のようなメートル原器
- · 純水の作り方
- · 最少検出限界は質量分析計で
- · 僅か170個の分子に感じる雌の蚕蛾の魅力
- 4. 純な世界を目指して
- · 温度で変わる空気中の水蒸気量
- · 水の中の水素イオンと水酸イオン
- · 水と油の中を右往左往する不純物
- · 再結晶は純の世界への王道
- · クロマトグラフィーは純の世界への近道
- 5. 純物質の性質の足し算に必ずしもなりえない混合物の性質
- · 性質を引き算にする緩衝溶液
- · 貧者の黄金
- · 0℃では凍らない海の水
- · 水に加えても体積の増えない硫酸
- 6. 主役を務める不純物
- · 麻薬と危険ドラッグ
- · ギネスブックが猛毒と認めたダイオキシン
- · 食べ続けても安心なADI基準
- · 色の不純物は即是空
- · 金属原子の整然とした秩序を乱す不純物
- · 不純物により変わる半導体素子の性能
- · 身の回りで出続ける放射線
- · 内と外からの放射線に曝されている身体
- · 原爆と原発は一字違いの同じ仲間
- · 甲状腺に蓄積し易いヨウ素の放射性同位元素
- 7. 種々の現れ方をする不純物の性質
- · 食い合わせもある物質同士の間柄
- · 目立ちたがり屋の性質を利用する分析
- · 数に対する古代中国の思想の奥深さ