鹿島長次
誕生間もない45億年前には地球上も水素分子で被われた非常に高い還元状態の環境でしたが、長い時間の間に軽くて拡散し易い水素分子は地球から次第に宇宙の彼方に飛散してゆきましたから、徐々に大気中の酸素分子の割合が高くなって地球は次第に酸化状態の環境になってきました。太古の昔に酸素分子を必要としない嫌気性生物が誕生してきましたが、この地球環境の変化に対応するように酸素分子を必要とする好気性生物に進化してきました。
酸化状態では還元性物質が急激に酸化する燃焼が起こりますが、好気性生物の人類はこの燃焼の現象に対応して巧みに文明を発展させてきました。高温の火を利用することが工夫されて初めて鉄器やガラスや磁器が作られましたから、性能の高い道具や武器を利用できるようになりました。物を燃やして動力に変換する技術が産業革命を引き起こしました。火薬の発明で短時間に激しく燃やす技術の開発に成功しましたから、その強力な破壊力は土木技術の向上ばかりでなく武器弾薬の進歩に繋がりましたし、この空気の無い環境で物を燃やす技術は月までの旅行を可能にし、太陽系まで人類の庭のように小さくしてしまいました。
酸化・還元反応の基本となる電子の遣り取りを電流として利用する電池や電気分解は金属の精錬やメッキなど多くの工業にまで展開されてきました。地球の環境は長い間に次第に酸化状態に変化してきましたが、この酸化状態に適応して巧みに利用しましたから、人類は地球に君臨する霊長類に成り上がりました。しかし、この成り上がり者の文明が地球の環境を不自然な方向に捻じ曲げたり、自然の摂理に反して環境の酸化状態を進行させたのかもしれません。
本書で酸化・還元反応に関する基本的な性質を少しでも深く知ることにより、何か一つでも化学の研究や教育に役立つものが見つけ出せれば良いと思っております。また、逆に多くの化学的な技術や知識が自然の摂理に即した快適な日常生活を生み出す助けになれば、本書はさらなる意義を持つことになると思われます。本書が酸化・還元反応に関する基礎知識を深める上で貢献できればよいと思っています。
酸化・還元反応に関して私の独善的な発想を織り交ぜて考察した結果を
「燃える角砂糖を化学する」
としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。さらに、この
「燃える角砂糖を化学する」
に対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。
目次
- 1. まえがき
- · 人類を発展させた火を使いこなす文明
- · 著名な化学の啓蒙書「ロウソクの科学」
- · 燃焼は酸化反応
- 2. 火付けと火消しの理屈は同じ
- · 火付けの工夫
- · 燃焼の3要素
- · 空気のない所でも煙が立つ
- · 燃焼は出会いの反応
- · 戦争の引金となった空気から火薬を作る技術
- · 恋愛の成就を困難にする高い障壁
- · 火熾しの極意
- · 火消しはいなせな兄ィの仕事
- · 火の本質は燃焼熱
- · 水素は果たして環境に優しいか
- 3. 錆びるも燃えるもみな酸化と還元
- · 原子内に電子を拘束している静電引力
- · 周囲の電子の数で決まる原子の性質
- · 電圧で表す酸化剤の能力
- · トタン板と使い捨てカイロ
- · 王水は最も強力な酸化剤?
- · 銀写真も青写真も光による酸化・還元反応
- · 電子の遣り取りを利用した電池
- · 電気分解は発電所の力を借りた酸化・還元反応
- · 電気エネルギーを貯蔵する電池
- 4. 生体内の酸化と還元
- · 元素の酸化の状態を示す酸化数
- · 水の分解で作られるブドウ糖
- · 酸素無しで棲息する太古の生物
- · ブドウ糖を酸化しても火傷しない生物の工夫
- · 酵母から横領したお酒
- · 排気ガスで膨らましたパン
- · お酢はお酒の失敗作
- · 美味しさが増す青魚の干物
- · アミノ酸の一種チロシンの酸化を抑えて美白
- 5. 酸化・還元反応なくしては成り立たない日常生活
- · 地球の酸化と生物の進化
- · 文明を生み出した酸化・還元反応
- · 原子間に電流が流れる酸化・還元反応
- 別表
- · 別表1 種々の燃料の性質
- · 別表2 種々の元素やイオンの還元電位