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万物の世界を算術で化学する


鹿島長次


   万物のもとになる膨大な種類の分子やイオンはわずか90種類の原子が強い力で結び付いて形作られていますが、これらの原子も中性子と陽子からなる原子核と電子が大きなエネルギーで結び付いてできています。天秤や光学機器など種々の精密機器を用いて、原子や原子核や電子の質量や体積や形が実験的に求められてきました。この値から原子全体と電子の運動している原子の外周部と原子核の密度はそれぞれ0.3~15 g/mLと10-4~10-3 g/mLと2.31x1014g/mLと簡単に算術計算できます。身の回りに存在する岩石や金属の密度が2~10g/mLですから、原子の密度は身の回りの鉱物とほぼ同じと考えられます。原子の外周部は非常に流動的でその密度は種々の気体の密度1x10-4~3 x10-3g/mLに匹敵するものです。これに対して原子核は非常に強い相互作用で陽子と中性子が固く結ばれて固まっており、その密度は桁違いに大きく身の回りにはこれに匹敵するほど大きな密度の物質は見当たりません。これらの体積比や形や重量比の算術計算から、原子の大きさを東京ドームと仮定しますと非常に大きな密度の原子核が直径5mmの小石の大きさに相当する小さな塊でグランドの中心に居座るような想像を絶する原子の横顔が見えてきます。さらに、原子核の周囲を気体のような質感の電子の運動する外周部が球状に取り巻いていますから、中央集約の度合いは異なりますが原子は大気に包まれた地球のような構造をしていると考えることができます。このように実験から得られた原子に関する種々の値を簡単な算術計算しますと、原子の構造や原子核と電子の関係などが実感を持って見えてきます。
   生物は非常に複雑な変化をする生命活動を司るために、非常に多くの物質を必要としますが、生物を構成する基本的な物質は水に良く溶ける原料から容易に生成する水に溶け難い物質でなければなりませんでした。しかも、非常に温和な条件で効率よく反応する性質を持つ物質も非常に苛酷な条件でもほとんど反応しない性質を持つ物質も生命活動には必要です。このように非常に限られた特異的な性質を有する物質として、生物は非常に多くの種類の物質の中から蛋白質と脂肪と炭水化物とDNAを合理的に取捨選択して利用しています。蛋白質を構成するアミノ酸は計20種類に限られていますが、これらのアミノ酸が鎖状にn個結合するときの組み合わせは20n種となりますから、絹糸の蛋白質のnが4800を示しているように多くのアミノ酸が結合する蛋白質では無限に近い種類の存在が可能になります。 DNAは4種の核酸塩基の結合したデオキシリボースの水酸基がリン酸エステルを介して次々に長く鎖状に結合した物質です。n個のデオキシリボースがリン酸エステルで連結したDNAの並ぶ組み合わせは4n種と考えられますが、人間のDNAはnが109を越す極めて大きな値を持っていますから、41000000000 (10602060000)種以上の固有のDNAが可能になっています。DNAは4種類の核酸塩基の並ぶ順序により、生物の発生以来の38億年にわたる人間への進化の歴史を表現し記録しています。このように実験から得られた種々の値を簡単な算術で計算しますと有機化合物の異性体数や蛋白質の数とその機能やDNAが持つ桁違いに大きな記憶容量など生命活動を維持する複雑な多くの反応を支えている膨大な物質とその背後にある物質の多さに、生命の洗練された機構とその精巧さが見えてきます。
   万物の変化は反応の前後のエネルギー的な安定性の違いや、反応の途中で乗り越えなければならないエネルギー的に不安定な障害が反応の経過を大きく左右します。反応の途中で乗り越えなければならないエネルギー的に不安定な障害が高ければ高いほど大きなエネルギーを必要としますから、反応の速さが越えなければならない障害の大きさに指数関数で反比例します。障害の高さが5kcal/molの反応は約9時間で完結してしまいますが、25kcal/molよりも大きな障害を持つ反応は地球の誕生した当時に開始しても未だに完結していません。障害の大きさを指数とする指数関数で反応の速さが決まりますから、物質の安定性に関する実験から得られた値を簡単な算術計算しますと、種々の反応の様相が微妙に変化し、万物の変化の結果やその複雑な過程が見えてきます。
   非常に大きな数や小さな数を表すために便利な指数関数は西欧で用いられてきた数の単位が発展したものです。西欧ではten、hundred、thousandに次いで、10000は1000の10倍でten thousandと繰り返しになります。1000の1000倍はMillion(10002=106)という単位で表し、このMillionの1000倍は1000を 2回1000倍するという意味でラテン語の2を意味するBiを付けたBillion(10003=109)という単位で表しています。大きな数はその1000倍、そのまた1000倍というように掛け算の繰り返し回数がラテン語の3回、4回、5回…を意味するTri、Quadri、Quinti…を付けたTrillion(10004=1012)、Quadrillion(100055=1015)、Quintillion(100066=1018)の単位のような指数関数で表されますから数字が無限に考えられます。この西欧の数の単位とは異なり中国は全ての物事に文字を作り、それに個々に意味を持たせてゆく文化を持っています。十、百、千、万に続いて、100000は10000の10倍で十万と繰り返しになり、万の10000倍を億に、億の10000倍を兆というように10000倍ごとに個々の単位が作られています。この様式では4桁ごとに単位を作らなければなりませんから、無限に大きな数を表すことはできませんが、意味のある文字を当て嵌めることができます。
   太陽系に存在する元素は水素とヘリウムで合わせて99%以上に達し、それ以外の元素は合計1%にも満たないと見積もられていますが、この元素の割合に原子量を掛け合わせますと、太陽系の全ての原子の平均原子量が1.26と算術計算により求められます。太陽系の全質量をこの平均原子量で割りますと太陽系を構成する全原子のモル数が求められ、これにAvogadro定数をかけ合わせれば太陽系の全原子数が算出されます。現在までに存在の確認されている太陽のような恒星数2x1011個をこの太陽系の全原子数に掛け合わせますと、人間が確認できる全宇宙の全原子数が2x1068個と概算され、中国の数の様式では二無量大数個と表現できます。原子が物質の最小単位と考えられますから、認識できる限りの宇宙を構成する原子の数より大きな数は現実的にも哲学的にも意味のないものと仏教哲学では考えられたようで、中国では無量大数より大きな単位が用意されていません。西欧の思想では数は無限と思われますが古代中国の思想では有限のようで、その外にあるものは意味を持たないようです。このように実験から得られた種々の値を簡単な算術計算しますと、西欧と中国の文明の基本となる哲学の違いまで見えてきます。
   本書では実験で得られている種々の値を集めて独善的に算術計算し、数字の比較から万物の世界の隠れた姿を表しましたので、万物の世界の現象を具体的に概観する援けになると考えました。この大雑把な計算結果の中で、何か一つでも化学の研究や教育に役立つものが見つけ出せれば良いと思っております。また逆に、化学的な技術や知識で蓄積された実験値のうちの未だ考慮に入れていない多くの値を加えた算術計算が他の現象を概観する切っ掛けになれば本書はさらなる意義を持つことになると思われます。本書が万物の世界の隠れた姿を具体的に概観し理解を深める上で貢献できればよいと思っています。 このように種々の実験値を基にした算術計算から浮かび上がってきた万物の世界を 「万物の世界を算術で化学する」 としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。さらに、この 「万物の世界を算術で化学する」 に対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。


    目次
1. まえがき
· 人類だけに理解できる数の概念
· 十進法と十二進法と二進法
· 円周率
2. 万物の基になる原子の横顔
· 数に意味を与える単位
· 原子の種類
· 原子の寸法
· 原子の重さ
· 原子の密度
· 原子と太陽系の比較
· 原子の色変わり
· 原子の性質
· 原子の総数
3. 万物を形作る分子の種類の数
· 共有結合の数と繰り返し
· 炭素化合物の異性体は無限
· 寿限無のように長い化合物名
· 20進法できまる蛋白質の性質
· 4進法で記憶される生物の情報
4. 万物を複雑に変化させる速さ
· 化学反応の基本も出会いと別れ
· 水の分解で作られるブドウ糖
· 太古の昔から発し続ける放射能
· 福島原発事故のその後
· 去る者は A子さんでも日日に疎し
· 恋愛の成就を困難にする高い障害
· 化学反応を利用した時計
· 化学反応を利用した色信号
· 溶け易さが温度で変わらない食塩
· 化学反応を利用した温度計
5. 実験と算術で見えてくる世界
· 算術計算で見えてきた原子の実感
· 生命の複雑な反応を支える多くの物質
· 物質の安定性が反映する反応の様相
· 中国哲学で予想した宇宙の限界

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