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地球の大気を化学する


鹿島長次


       物質の運動エネルギーが地球の持つ万有引力より大きくなるときには、物質は地球の重力によるしがらみから解放されます。運動エネルギーは速度に比例しますから物質の速度が地球からの脱出速度(11.2km・s-1)よりも速ければ、地球の万有引力のしがらみから解放されて、地球の影響の及ばない宇宙へ飛び出してゆきます。宇宙で最も多い元素は水素で次に多いヘリウムと合わせて99%以上に達し、それ以外の90種類の元素は合計1%にも届かないと1966年にCameronが見積もっています。太陽系の天体も例外ではありませんから、誕生間もない46億年前には地球上も水素とヘリウムで被われていたと考えられます。しかし、水素やヘリウムは分子量が小さく軽いために非常に速く運動しますから、比較的短時間に地球から宇宙のかなたに飛散してゆきました。
   核融合して燃え盛る太陽とは異なり地球自身はほとんど発熱することなく次第に冷えて、43億年前の冥王代の終わり頃には水素と酸素が結合して地球上に大量の液状の水が海をつくり、大気中には水素も酸素もほとんど含まれなくなったと考えられています。また二酸化炭素やシアン化水素やアンモニアなどの気体は水によく溶けますから、海に溶けて大気中にほとんど含まれなくなりました。多くの二酸化炭素は海中に溶け込んでいるカルシウムイオンと反応して石灰石として沈殿し、シアン化水素は海に溶けてアデニンやグアニンに形を変えました。38億年前の太古代になりますと、二酸化炭素やアデニンやグアニンの溶け込んでいる海の中に生物が発生しました。誕生間もない生物の中にはメタンを生成する反応の反応熱を活力とするメタン生成菌と呼ばれるなどが生存していたと考えられますが、その進化は遅々としたものでした。
   21~24億年前の原生代に起きた氷河期が終わり、海水中や大気中の二酸化炭素の濃度が高く大気の温度も高い生物の繁殖に適した環境に恵まれて25~30億年前ごろに藍藻類(シアノバクテリア)が爆発的に繁殖しました。この藍藻類は太陽光のエネルギーを利用した二酸化炭素と水の反応によりブドウ糖と酸素を生成する単細胞で、生成したブドウ糖が分解するときに生じる僅かなエネルギーを活力にして生命活動を営んでいました。この藍藻類の爆発的な繁殖により二酸化炭素が急激に減少するとともに酸素が大量に排出され、23~25億年前の時期に大気中の酸素濃度は約0.2%程度まで急増しました。この時代に誕生した酵母(イースト)や乳酸菌は環境の変化に適応して現在も熱効率の悪い組織のままに生き延びています。大気中に若干ながら含まれるようになった酸素により酢酸菌などの生物はブドウ糖の代謝過程の熱効率を若干が若干向上させました。さらに生物が進化し繁殖することにより大気中の酸素濃度が約20%まで上昇しました。
   可視光線をはじめ紫外線などあらゆる波長の光が太陽から降り注いでいますが、大気中に大量に増加した酸素分子がこれらの太陽からの紫外線を吸収するとオゾンを生成します。地球のはるか上空で酸素から生成し続けるオゾンは、地球を包むようにオゾン層を形成して短波長の紫外線をほとんど吸収してしまい、地表を太陽の強い紫外線から遮蔽する働きをするようになりました。葉緑素が太陽光からの可視光線を吸収して植物は炭酸同化反応によりブドウ糖を生成していますが、水は可視光線を若干吸収したり反射したりしますから、植物は陸上の方が強い可視光線を吸収して効率よく炭酸同化反応することができます。オゾン層の形成により有毒な紫外線を遮蔽されましたので、植物は効率よく炭酸同化反応が進行するように上陸して繁茂するようになりました。
   このように太陽光のエネルギーを生命活動の維持のための活力に変換する熱効率は生物の進化とともに向上しましたが、熱効率の向上し利用しうるエネルギーが多くなるに連れて生物の組織は巨大化し、複雑な組織や機構や優れた能力を持つようになり、生活が豊かになるように進化してきました。文明の発展とともに人類は植物を燃やして外的にエネルギーを利用するように進化してきましたが、産業革命以降は石炭や石油などの化石燃料の他に、原子力燃料や水力や潮力や風力など利用しうるあらゆるエネルギーまで生活に取り込むようになりました。人類が自然界の平衡状態以上の多量のエネルギーを日常生活に供するようになったことも生物の進化と考えることもできます。その結果として生じる大気中の二酸化炭素濃度の上昇も気温の上昇による温暖化も大気の進化の一過程と考えることもできます。38億年の長い時間の経過の間に地球を覆っている大気は生物の進化と手を携えるようにともに進化してきました。
   本書では化学的な知識や思考方法を基にして地球の誕生から現在に至る大気の変遷を人類はじめ生物とのかかわりを含めてたどり、未来に地球の大気の状態を独善的に考えました。地球の大気に関する知見を改めて整理することから、何か一つでも化学の研究や教育に役立つものが見つけ出せれば良いと思っております。また、地球の大気について考えることでオゾンホールや酸性雨などに大気汚染や脱炭素化や水素燃料などの有効な大気汚染の解決法を考える上で助けになれば、本書はさらなる意義を持つことになると思われます。
    このように地球の大気と生物の進化の過程が化学の知識や経験を基にして納得できるように、「地球の大気を化学する」 としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。小難しい部分は読み飛ばして気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。この「地球の大気を化学する」 に対するご意見、ご質問、ご感想をchoji.kashima@nifty.ne.jpにてお待ちしております。


    目次
1. まえがき
· 空気のような存在
2. 原始地球の大気
· 三行思想
· 共有結合
· 不連続光を吸収する原子
· 宇宙を構成する元素
3. 地球の大気の進化
· 太陽系惑星の大気
· 冥王代の地球の大気
· 石灰石の生成
· 大気を空調する海の水
· アデニンとグアニンの生成
· 大気中に再登場した酸素
· 生物の生活圏を変えたオゾン
4. 大気と生物の関わり
· 植物の葉っぱは緑色
· 太陽光で二酸化炭素をブドウ糖へ
· 酸素無しで棲息する太古の生物
· 生物はブドウ糖をゆっくり燃やして活力に
· 酸素を取り込むフェレドキシンとヘモグロビン
· 生物の情報を管理するDNA
5. 大気汚染
· 紫外線の光が密接に関係するオゾン
· 硫黄のおまけ付き石油
· 近年の大気中の二酸化炭素の変化
· 水素により大気汚染が抑えられるか?
6. 未来の地球の大気
· 大気汚染も大気の進化の一過程

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