鹿島長次
地球は約45億年前に太陽系の惑星のひとつとして誕生し、いろいろの変遷を経て現在に至っています。その間、暖かい太陽の光が変わりなく地球に降り注いできましたが、何度かの極めて気温の低い氷河期や気温の高い間氷期を経験しました。20世紀の半からは世界各地の平均気温が少しづつ高くなる傾向が見られていますが、この気温上昇の変化は単なる氷河期、間氷期のサイクルの1つなのかもしれません。しかし、世界各地で発生している種々の天変地異の頻度がこの気温上昇に関連するかのように上がっているようにも感じられます。
人類が動物の一種として地球上に進化してから数万年になりますが、その間に人類はより安定したより快適な生活をするために肉体を使い、知恵を絞ってきました。常に食べるものに困らないように食料を貯蔵するようになりました。雨露を避け寒さを凌ぐために、木の下や洞窟などに生活していましたが、自分でねぐらを作るようになり次第に家屋が形成されるようになりました。外界から身体を守るためには衣服を着用する知恵も生まれてきました。このように、文明の初期には自然界にある材料を集めてきて簡単な加工を加えたものでしたから、小鳥が木の梢に巣を作ったり、蜜蜂が花の蜜を溜め込むのと同じで、物質の変化の上では全く自然現象を乱すものではありませんでした。
2種以上の種がその繁殖のために競合するときには、互いに争い滅ぼしあう弱肉強食、自然淘汰という自然の摂理が働きます。文明が発展するにつれて、確実に食料を得るために農耕が始まり、森を焼いたり、野に水を引き入れたりするようになりました。原生していた木草を取り除いて、食料の供給に適した作物を移植するようになりました。耐久性に富んだ毛皮や織物を着用するようにもなりました。この時点で人類は既に多少自然に手を加え、自然現象を乱すようになりましたが、人類の生活に必要な自然の破壊に限られており、弱肉強食、自然淘汰という自然の摂理を逸脱するものではありませんでした。
近年になって知識や技術が進歩向上するにつれて、人類は安定した生活、快適な生活を飽くなきまでに追及するようになりました。食料を大量に溜め込むようになり、繊維を色々と染め上げて華やかな衣服を織り上げ、大きく堅牢な住居で快適な生活が始まりました。現代では、人類の食料を牛や豚や鶏に食べさせて、食肉や鶏卵や乳製品として食卓に並べていますが、この変換効率は決して高いものではありません。魚屋さんには春先でも秋刀魚が並び、隣のショーケースにはアフリカの近海で獲れたマグロの刺身が売られています。夏野菜の胡瓜やトマトは冬でも店頭にあふれ、イチゴの最盛期はクリスマスの時期に移ってしまいました。比較的収穫量の少ないコシヒカリやササニシキが珍重され、さらに糠として玄米の10%以上も精米してしまいます。2004年に農水省が日本の家庭を調査した結果では、このように多くのエネルギーを無駄遣いして作った食物の約8%を食べることなく捨ててしまっています。
2005年の夏からはクールビズなる運動が展開されましたが、真夏の猛暑の中でも男性は背広にネクタイをして冷房の利いたオフィスで働いていますから、腰の周りに毛布を巻いて寒さ除けをしながら多くの女性が同じオフィスで事務を取っています。厳寒の真冬に室内を強く暖房し、スリップドレスにミニスカートの女性がアイスクリームを好んで食べています。定員が5人以上もある大きな自動車に1人だけで乗って、多くの人が遠い道のりを通勤しています。日の長い夏など、日の出から数時間も寝静まっていて街に殆ど活気が出てきませんが、その同じ街が日の沈んでから賑わい始めます。東京都心の新宿、渋谷、原宿、六本木の街角では終日眠ることなくネオンが瞬き活動しています。弥次さんや喜多さんは江戸から京都まで10日以上をかけて旅したそうですが、新幹線は150分ほどで旅人を運んでしまいます。そのため多くの人が安直に大した用事もなく東京と京都の間を往復しています。東京やロンドンやニューヨークを往き来する旅行者の中には、比較的重要でない用事や仕事以外の用件のための旅行者が多く含まれており、大部分の人は地球狭しと動き回る必要もありません。殆どの場合は単なる航空燃料の無駄遣いに過ぎません。現代の人類、特に都市部に生活する人類はとてつもない贅沢をしており、その例は枚挙にいとまがありません。
さらに、軍事行動はその本質自体が殺戮と破壊を目的とし、全く生産性のない浪費です。アメリカ合衆国からはるかに遠く離れたペルシャ湾まで数万トンもある航空母艦を航行してゆき、イラク各地を爆撃して破壊を続けています。航行のための燃料、爆撃機のジェット燃料、爆撃のための火薬、その他諸々の戦略物資の消費は膨大なものでしょう。攻撃のために多用されている各種のミサイルは燃料、爆薬、巡航用のエンジン、攻撃目標までの誘導制御装置など全て一度に消費してしまいます。戦争のための消費は全て、人類の本来的に必要な物質の消費とは全く無関係なものであり、人類の最大、最悪な贅沢と思われます。
人類が動物の一種として生活するために必要な最小限を超えて物質やエネルギーを消費することは、浪費であり、人類の贅沢と考えられます。さらに、人類との共存ができずに人類の贅沢の犠牲になり、多大の被害を被ったり、種の存続まで危うくされた生物がいることは、人類の横暴と云わざるを得ません。もし人類の横暴と贅沢が気温の上昇、大気の汚染、自然の破壊などを引き起こし、これらの変化を原因とする天変地異が地球環境の破壊に繋がるものであれば、由々しき問題と考えなければなりません。本書では環境省環境統計集などの資料を基に、人類の贅沢によりどのような物質が浪費され、どのような物質が無為に生産されているか化学的に考察して、人類の無用の贅沢と横暴を戒める材料に出来ればと考えています。
私の独善的な発想を織り交ぜて考察した結果は
「人類の贅沢を化学する」
としてpdfの形式でまとめましたので、以下に目次をあげておきます。気楽に読んで頂ければ嬉しく思います。さらに、
choji.kashima@nifty.ne.jp
にてこの
「人類の贅沢を化学する」
に対するご意見、ご質問、ご感想をお待ちしております。
目次
- 1. まえがき
- 地球の今昔
- 人類の横暴な贅沢の現状
- 2. 地球は釣り合ったシーソーの上に
- 地球はエネルギーのシーソーの上
- エネルギー不滅の法則
- 地球を構成する元素は不変
- 物質の持つ化学エネルギー
- 還元性物質が蓄える化学エネルギー
- 物理的に形状が変化する機械的風化
- 化学組成が変化する化学的風化
- 地球は物質のシーソーの上
- 3. 物質を使い捨てする贅沢
- 金属は錆び易い
- 金属の精錬にはエネルギーが必要
- 足尾鉱毒事件
- 金属を使い捨てする贅沢
- プラスティックを使い捨てする贅沢
- 4. 二酸化炭素を出す贅沢
- 金星、火星の大気は二酸化炭素
- 地球は水の惑星
- 火成岩から溶け出した海の塩
- 生物の素材は二酸化炭素
- 光合成の機構
- 二酸化炭素の大気中濃度と植物の繁殖速度
- 人類の贅沢で発生する二酸化炭素
- 5. 二酸化硫黄を出す贅沢
- 二酸化硫黄の毒性
- 硫黄のおまけ付き石油
- 硫酸製造と硫黄鉱山の閉山
- 6. 苛性ソーダを浪費する贅沢
- 苛性ソーダと単体塩素
- 単体塩素の用途と需要
- クスリとリスク
- 有機塩素系物質の毒性
- ハロメタンとハロエタン
- 塩素漂白と塩素殺菌
- オゾンホール
- ソーダ工業の将来
- 7. エネルギーを無闇矢鱈に使う贅沢
- エネルギーの釣り合う地球
- 人類が使用するエネルギー量
- 化石燃料の燃焼によるエネルギー
- 原子燃料によるエネルギー
- 地球を傷つけるエネルギーの浪費
- 8. 人類の贅沢
- 人類の贅沢を抑える術
- 人類に許される贅沢